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[[2、夢の実現]
新選組・残照

第四章 餓狼の群れ

3、敵か友か?

(3)敵か友か?

 暮れなずむ宵が雪明かりで淡い白さを障子に映していた。
 師とも仰ぐ担庵の死によって、歳三の役割も変わるのか?
「これも伏せねばならんことだが・・・」
「なんだ?」
「亡き殿の命で、歳さんには秘密裏に海外事情、軍学、砲術など兵法の全てを身につけて頂く」
「誰に教わる?」
「若殿・英敏様、柏木総藏、斎藤新太郎ほか拙者を含めた手代一同だ」
「新太郎って、練兵館の弥九郎さまの後継ぎか?」
「そうだ。新太郎の父上とは面識があったな?」
「弥九郎様とは、本田家で何度も会っている」
「その時、弥九郎様になにか言われなかったか?」
「いずれ、息子の新太郎と共に江川家で働かんか、と」
「その時、おぬしがぬかした台詞を覚えておるか?」
「もう忘れた」
「おれは江川家じゃなく国のために働く、とガキの歳三が言ったそうだぞ」
「生意気だったんだな」
「今でも充分に生意気だ」
「でも今じゃ、そんなこと恥ずかしくて口には出せん」
「いや。今こそ言ってもらわねば困る」 
「国のために働く気持ちは、今でも同じだ」
「その意気、それでこそ歳さんだ」
「おだてには乗らん」
「ともあれ、歳さんには組織を動かす近代兵学を短時間で身につけてもらう」
「なぜだ?」
「国のための兵学研修さ。江川塾では伊豆長岡の弥太郎として下働きをしながら学ぶんだ」
「下働きか?」
「講義や研修、砲術の実習など、いつでも勝手に出入り出来るように計らうから、江川塾の全てが学べるぞ」
「知ってるやつに出会ったら」
「この世の中には、自分とそっくりなのが三人いるからと言え。あくまでシラを切れば、誰だって半信半疑ながら、それを信じるさ」
「まさか?」
「現に、わしは身内の伊豆の庄屋まで騙したことがあるぞ」
「おれが江川家に入るのに、なぜ嘘をつかねばならんのだ?」
「理由は簡単だ。いずれ、江川家と歳さんは無縁でなければならなくなるからだ」
「江川家の都合で、おれと関わりたくないのだな?」
「そうだ。だが、歳さんも得る物が多いから悪くはない取り引きだぞ」
「取り引きか?」
「そうだ。武士として活躍の場を与えられたら、どうする?」
「夢のようだな? でも、なにか条件があるんだろ?」
「いや、江川家の修行が終ったら試衛道場に行くだけだ。そこからは自由に羽ばたけばいい」
「それだけで武士になれるのか?」
「その通りだ。歳さんと試衛道場の若師範は兄弟分だったな?」
「そうらしいな」
「だったら一心同体だ。共に武士として活躍することになる」
「いつ?」
「そう焦るな。まずは江川塾で近代兵法や練兵術、砲術、武器弾薬や組織を動かす力を学び、来たるべき時に備えるのだ」
「なぜ、そこまで肩入れしてくれる?」
「江川塾が育てるのは歳さんだけではない。戦いってやつは、敵味方の力が均衡を保つほど面白くなるからな」
「そうか。おれの敵役も江川家が育ててるってことだな?」
「その通りだ」
「ようやく謎が解けて来たぞ。相手はどこの誰か知らんが、敵味方に別れさせて戦わせ、強く逞しい国造りを考えるってことだな?」
「江川家は、そのための武器弾薬、兵法、戦後の処理や行政、外国との対応なども考えて、近代国家の創建に関わるのだ」
「なるほど・・・」
 そこで歳三が、ふと疑問を口にした。
「おれの韮山入りが極秘なら、おれは一体、どこにいることになる?」
「大伝馬町のいとう呉服店に話をつけてある。歳さんは番頭見習いで逆戻りした、という段取りだ」
「そんな昔のことまで調べたのか?」
「呉服屋で住み込みで働いていることにしておけば、歳さんの隠密行動は隠せるからな」
「なぜ、呉服屋に?」
「あるじの伝兵衛さんから歳さんのことを聞いたよ」
「悪い評判だな?」
「いや。番頭の磯吉が己を恥じて詫び歳さんの無実が晴れたそうだ。そこで、改めて歳さんを婿に迎えたいと」
「婿にか? とんでもないことだ」
「千代という娘が、歳さんを追いだしたのが誤解と知って、泣き喚いて病に伏して大変だったそうだぞ」
「もう、どうでもいいことだ」
「わしも、歳三は国のために働いてもらうから諦めてくれ、と言ってきた」
「それでいいさ」
 そうは言ったが歳三は、千代との別れの辛さ、千代の憂いを湛えた悲しげな顔を忘れてはいなかった。

 歳三が江川家の手代見習いとして、江川家邸に顔を出したのは安政二年(一八五五)の春、梅の香る季節だった。
 代官への届け出は、江戸大伝馬町の呉服店・伊藤伝兵衛方に再奉公として兄の喜六から村名主経由で岡野荘四郎に提出されている。
 その朝辰の刻、歳三は大伝馬町には立ち寄らず、本所南割下水の江川家江戸下屋敷に岡野荘四郎を訪ね、荘四郎の案内で屋敷内に入った。この歳三の行動を知る者は、兄の喜六と佐藤彦五郎・のぶ夫婦、それに江川家の後継者・英敏と手代の主だった者だけだった。
 江川家では、以前から父を手伝っていた三男の英敏が後を継ぎ、父を喪った悲しみを抑えて多忙な公務に励み東翻西走、その行動力も能力も父親以上だとの評判で江川家は盤石だった。それもこれも一騎当千・千軍万馬の手代陣があってのことだ、と壮四郎は言った。
 荘四郎から「いつもの小間物商姿で」と言われている歳三は、商材入りの風呂敷包に油合羽
 
「そなたが弥太郎どのか? 江川英敏でござる」
 これが、江川英敏の第一声だった、
 歳三を迎えに出た岡野荘四郎に連れられて門を潜り、玄関脇の客間で会った瞬間、英敏が先に口を開き、歳三の挨拶が後になった。
「長岡村の弥太郎です。以後、お見知りおきを願います」
 歳三より四歳若いと聞いていた英敏は、顔色が蒼く年齢より遥かに老けて見えた。英敏は柔和な顔に似合わぬ鋭い眼光で歳三を見たが、その眼はすぐに穏やかに戻り、周囲に聞こえぬ小声で悪戯っぽく囁いた。
「歳三さん。以前から父に聞いており、待ってましたぞ」
 英敏は、すぐ側近らしい若者を呼んだ。
「小五郎さん、すぐ屋敷内にいる番頭さん達を二の客間に集めてください」
 集まった代官手代は、多摩にも通うだけに殆どが歳三とは顔見知りで、初対面は数人だけだが、ここでは全員が初対面となっている。
 江川英敏が、歳三を紹介した。全員が自分より年長だからか誰に対しても呼び捨てにはしないらしい。
「岡野さんの手の者として働いている小間物屋・長岡村の弥太郎どのです。今日一日ここで過ごし、明日、韮山に向かいます」
 形式的ではあるが、荘四郎が重ねて弥太郎を紹介した。
「亡き大殿の慧眼で見出された弥太郎殿は、私の良き協力者として諸国探索に力を発揮して頂いております。また、これからも江川家をよく知って頂いた上で、さらに力を借りることになります。なお、弥太郎どのと私は五分と五分の付き合いです」
 英敏が続けて手代衆を紹介した。みな芝居だと分かっていても顔には出さない。お互いに目と目で挨拶を済ませている。
 顔見知りの柏木総藏、石井修三、望月大象、岩嶋源三郎、長沢与四郎、根本慎蔵、大山菊五郎、ここからが初対面で、増山健次郎、石川政之進、中浜万次郎、桂小五郎、と続いた。増山健次郎とは、小間物と文書や活動資金のやり取りで縁があり、石川政之進の名は荘四郎から聞いている。
 歳三の子供の頃から兄の喜六とも義兄の彦五郎とも親しい筆頭手代の柏木総蔵が、涼しい顔で言った。
「弥太さんとやら、岡野から聞いたが武士になりたいそうだな?」
 そんなことは、歳三の子供の頃の口癖だったから百も承知で芝居を打っている。
「こちらの桂小五郎さんは、練兵館の塾長でしてな、大殿が存命中には、斉藤弥九郎の後継者として大殿の付き人となり、伊豆下田にも行きペリー艦隊を実地に見聞し、大殿から直接に西洋兵学や銃砲術、砲台の築造術などを学び、大殿亡き後も、若殿の補佐を勤めている。この桂小五郎さんも出自は武士ではない」
 何を言い出すのか、歳三は十一歳ほど年長の割りには老成した柏木総藏の顔を見つめた。
「桂さんは。医者の家に生まれ、武家に養子入りして松陰塾に学び、柳生新陰流と神道無念流を極めた剣術家だが、それ以上に進取の気性に優れた長州藩随一の逸材なのだ。いずれはこの国を背負って立つ男だから、弥太郎さんもとくと見知っておいてくれ」
 小五郎にも言った。
「この弥太郎さんは、人の目利きに鋭い大殿が惚れて岡野に付けた男だ。多くは語る機会もなかろうが、暫し仲良くしておくれ」
 長身の歳三より更に背が高い小五郎が、余裕のある目で歳三を見て軽く会釈した。
 この男が味方なら心強いが敵に回すと手強い相手になる、これが歳三の直感だった。
 その瞬間、歳三と小五郎の視線が激しく絡み合って火花を散らしたが、すぐに二人共穏やかな表情に戻っていた。


4、農兵隊構想


XOOPS Cube PROJECT