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本牧ブルース

第一章

ポートホール

Scene1)「ポートホール」1946年9月20日(金)

「ひどい風だなあ」
「少佐、台風が進路を変えてこちらに向かっているそうですよ」
「そうか…まあ、軽くビールでも飲んでから帰ろうか」
二人の将校はジープを降りると白い看板に青いペンキで「PORT HALL」と書かれた小さなバーに入っていった。
「ヘイ!ヘンリー!」
大きな声がしたと思うと濡れた布巾が飛んで来た。ヘンリーと呼ばれたデュボア少佐がサッと身をかわすと布巾は部下のマケイン少尉の顔面に当たった。
「ぎゃ!」
マケイン少尉は声にならない叫びをあげた。それを見るとデュボア少佐は少し怒った声で言った。
「ディック!悪ふざけが過ぎるぞ。マケインは先週日本に来たばかりなんだからな。これが日本の挨拶だと思われると困る」
「すまない!マケイン少尉殿、お詫びにビールをご馳走するよ」
「わははは、じゃ俺にもな、ディック。ビール二本だ」
デュボア少佐とマケイン少尉は並んでバーのスツールに腰掛けると店内を見回した。
テーブル席が五つと十人程が座れるL字型のバーカウンターのある小さな店だ。ジュークボックスから切ないメロディーが流れていた。インク・スポッツの「ジプシー」だ。
「何だ、ディック、客が全然いないじゃないか」
ディックと呼ばれた店のオーナーと思しき髭面の男は応えた。
「まだ夕方の5時だ。オープンしたばかりなんだよ」

このポートホールと言うバーはオーナーのディックが三か月ほど前にオープンしたばかりで、横浜の外れ…本牧にあったが米軍基地からも近く、夜になると軍人達でごった返していた。ディックは元々腕利きの弁護士だったが、あるコネでこの店を手に入れると本業そっちのけで経営に熱中していた。
「なぜって?こっちの方が楽しいからな」
ディックはよく周囲の人間に漏らしていた。実際、このポートホールの人気は彼の明るい人柄に寄るところも大きかったが、繁盛している理由はもうひとつあった。それは当時の日本ではまだ珍しかった本格的なピザを出していることだった。米兵達は大好きなピザと冷えたビールさえあれば文句なしだった。
「で、ヘンリー、どうなんだ?仕事の方は?」
ディックがバーの中でグラスを磨きながらデュボア少佐に尋ねた。
「ああ、相変わらず『2の奴ら』との戦いの日々さ。このマケインは大丈夫。身内だ。ヨーロッパでずっと俺の部下だった男だからな」
デュボア少佐の言う「2の奴ら」とは当時のGHQ参謀第二部のことで、デュボア少佐の属する民生局(GS)とはことごとく対立していた。G2を指揮しているウィロビー准将は狂信的な反共主義者…いやむしろファシストに近いような男で「小ヒトラー」のあだ名があるほどだった。彼の持論は「共産主義者を絶滅させるためなら悪魔とも手を握る」と言うくらいで、旧日本軍の軍国主義者だろうが戦犯だろうが、ヤクザだろうが誰彼かまわずに自分の陣営に取り込もうとした。そして、デュボア少佐ら民政局(GS)にとって、最も大きな悩みの種は「日本の民主化」を推進してきた彼らGSの努力を踏みにじろうとする「G2」の横暴な振る舞いを、最高権力者であるマッカーサー元帥が見て見ぬふりをしていることだった。
デュボア少佐の上官であるケーディス大佐はよくこぼしていた。
「G2は、まるでゴロツキの巣だ」

「カラーン!」
突然店のドアが開き兵士たちの一群が店になだれ込んできた。
「ヒャッホ?!」
「さあ、おいでなすったぞ。海兵隊の上陸だ」
デュボア少佐はマケイン少尉に目配せすると、ビールをグッと飲み干した。
「少尉、そろそろ行こうか」
「はい、ごちそう様でした」
「礼はディックに言ってくれ」
ディックは笑いながら軽く敬礼して見送った。
港街ヨコハマの夜はまだ始まったばかりだった。



2、雪枝


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