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本牧ブルース
4、横浜の夜

第一章

森田の告白

Scene5)「森田の告白」1946年10月30(水)


ヘンリー・デュボア少佐は黒の公用車で丸の内から国道を一路南へ、横浜:本牧のバー「ポートホール」に向かっていた。オーナーのディックから情報が入ったとの連絡があったのだ。隣には部下のマケイン少尉がハンドルを握っていた。午後三時の約束だったが途中ジープの横転事故のせいで道路が渋滞し遅くなってしまった。
「もうすぐ三時半か。まあ仕方がないな…」
ヘンリーがつぶやいた。
「しかし、少佐殿、日本の道路は左右が逆で走るのが怖いですね。特に曲がる時、反対車線に入ってしまいそうになります。さっきのジープもきっと錯覚して横転したんですよ」
マケイン少尉が首を振りながらいった。
「うむ、日本は昔、英国をお手本にしていた時代があるんだよ。交通ルールもその名残だ」
「なるほど。だったらこの機会にアメリカ式に改めてもらいたいですね。もちろん標識も全部英語にして」
「いや、マケイン少尉、日本人は自分たちの言葉や文字に強い誇りを持っているんだ。そんなことをしたら、せっかく収まってきた我々に対する敵意にまた火を点けることになる。彼らの伝統文化と天皇には手を触れない方がいい。これはマッカーサー閣下も理解していることだ」
車は元町を抜けて本牧通りに入った。空襲で焼け焦げた建物や街路樹が所々放置されている。
「そこで止めてくれ」
ヘンリーは店からワンブロック手前に車を止めるように言った。ディックの店の前に公用車が止まっているのは見られたくない。
ポートホールのドアを開けると、ディックとチーフの森田がテーブル席に座ってコーヒーを飲んでいた。ヘンリーは怪訝な顔でディックに尋ねた。
「なぜチーフを呼んだんだい?」
「ヘンリー、チーフが重要な証言をしてくれたんだよ。彼の証言を英語に翻訳したものがこれだ」
ディックはタイプで打った紙の束をひらひらさせた。
「だから、君たちにこれを渡すことを彼にも了承してもらうために一応ここに来てもらったんだよ。必要とあればGHQで証言もしてくれるそうだ。チーフ、ダイジョウブネ?」
ディックは最後の言葉だけ日本語で言った。
「はい、ディックさん、大丈夫です」
森田はほとんど英語ができなかったが、話の内容には納得しているようだった。
「それで?チーフはいったい何を話してくれたんだい?」
ヘンリーは森田のもたらした情報について全く見当もつかないという表情でディックに尋ねた。
「そのリポートにはもっと詳しく書いてあるんだが、掻い摘んで言えばあのジミー・コサカという男とその背後にある組織のことだ」
「ジミー・コサカ?あの男、やはり只者ではなかったか」
ジミー・コサカとは、先週末、ヘンリーと雪枝がこのポートホールで飲んでいる時、隣に座って話しかけて来た自称「ハワイ出身の日系二世」の男である。
森田の証言によればあのジミー・コサカは実は日本人で、本名を吉田栄吉と言い、元々は上海、香港あたりで麻薬の売買やヤクザのようなことをして生きていた男だそうだ。当時上海に駐在していた日本の軍部ともつながっており、特に情報部の山路中佐という将校と組んで麻薬取引だけでなく娼館の経営や人身売買のようなことにも手を染め、かなり荒稼ぎをしていたらしい。ところが、ある時、地元のグループともめ事を起こし中国人の男女三人を射殺してしまい、一旦は憲兵隊に連行されたものの、三日後には釈放されてしまったそうだ。恐らく山路中佐が手を回して事件をもみ消してしまったのだろう。森田はその事件があった夜、ちょうど巡回の当番で、吉田が拳銃を手に事件現場近くの路地から出てくるところを目撃してしまったのだという。
その時、吉田は森田と同僚の亀井という兵士に大金を手渡し、「何も見なかったことにしてくれ」と頼んだそうだ。森田はその時は事情が分からず金を受け取ってしまったのだが、後に殺人事件のことを知り、良心が咎めたので上官に報告することを申し出たのだそうだ。「吉田がその夜、拳銃を持って現場近くにいるところを目撃した」と。すると報告する予定日の前日に突然森田と亀井に転属命令が出て、二日後に満州に送られたとのことだった。
ヘンリーはここまで聞くと、話を反芻するようにしばらく黙っていたが、やがてディックに尋ねた。
「ジミー・コサカが実は日本人で、本名は吉田という犯罪者だということはわかった。しかし、その男がなぜ我々の周辺を嗅ぎまわっているんだね?」
ディックは「待ってました」とばかりに身を前に乗り出して答えた。
「ジミーいや、吉田はG2(GHQ参謀第二部)にスパイとして雇われたんだよ。日系二世に成りすましてね」
「なに?ジミー・コサカはG2の手先か?」
「そうだ。G2は犯罪者や元日本軍の戦犯を次々と雇って様々な工作に利用しているんだ。彼らの過去に目をつぶるという条件で。その後調べた結果、上海に駐留していた山路中佐も名前を変えてG2のスパイになっているようだ。山路中佐も戦時中はジミー・コサカと組んで色々な悪事を働いていた男だ」
ヘンリーは絶句した。ここまでG2の謀略が進んでいるとは…。
これを聞くとマケイン少尉は首を振りながらこういった。
「全く信じられませんね。だって旧日本軍の戦犯と言えば、我々の仲間を殺した憎い敵じゃないですか。G2がそんな奴らを雇うなんて、これをアメリカ国民が知ったら何というか」
ヘンリーはマケイン少尉にいった。
「少尉、G2のウィロビー准将にとっては、今や最大の敵は共産主義者であり、その邪魔をする我々も排除すべき対象なんだよ。そのためには、戦犯だろうがヤクザだろうが誰でもかまわず雇うということだ」
「ヘンリー、ちょっと聞いてくれ」
ディックは改まった表情で付け加えた。
「俺は個人的にはGHQ内部の権力闘争に巻き込まれたくはないが、一応、弁護士として忠告しておく。君たちGS(GHQ民生局)は脇が甘いぞ。ヘンリー、君の私生活だけでなく君の上司のケーディス大佐の女性関係も含め、もっと気を引き締めないとGS自体がつぶされかねないぞ。あいつらは何でもする。敵を消すためには手段を選ばない連中だ」
「わかった。ディック、そしてチーフ、貴重な情報をありがとう。彼らのスパイ活動については引き続きもっと詳しく調べてくれ。我々も気を引き締めてかかるよ。では失礼する」
デュボア少佐とマケイン少尉は店を出た。二人とも無言だった。空には黒い雲がかかり、今にも雨が降りそうな湿った風が吹いていた。



6、ブラックメール


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