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本牧ブルース
11、将校クラブ

第一章

うごめく影

12)「うごめく影」1946年11月18日(月)〜21日(木)

ディックは翌朝早く目覚めた。昨晩、雪枝に告白したこともあったが、森田の弁護のこと、店の今後のことなど色々なことが気になり、とても寝ていられなかったのだ。コーヒーを一杯飲むと7時に家を出てポートホールまで車を走らせた。店の前にはMPのジープが留まっており、入り口にはMPの隊員が一人立っていた。ディックが近づくと、その隊員は立ち入り禁止であることを告げた。
「私はこの店のオーナーだ。店の中の現金や貴重品を引き取らせてくれ」
「申し訳ありませんが、誰も入れるなと命じられています」
「私には店に入る権利があるんだよ。ホーランド一等兵」
ディックはその隊員の胸の名札を見ながら言った。
「責任者が到着したら直接お話しください。それまでは誰も入れることはできません」
「わかった。で、その責任者とやらはいつ来るのかね?」
「はい、九時に到着予定です」
「わかった。また出直すよ」
この一等兵と押し問答をしても仕方がない。あと一時間半、どこかで時間をつぶしてまた来ることにしよう。それにしても、なぜ日本の警察ではなくMPが現場を封鎖しているのだろう。確かにジミー・コサカはアメリカのパスポートを持っているが民間人ではないか。容疑者の森田は日本人だし、これは日本の警察の管轄のはずだ。ディックはこの事件の背後にうごめく影を感じていた。
一旦家に戻り、トーストと目玉焼きの朝食を済ませ九時に再度店に戻ると、責任者の軍曹に頼み込んで現金と書類、そして冷蔵庫の中身を引き取り家に持ち帰ることができた。チーズ、ベーコン、牛乳、鶏肉、トマトソース、肉団子など、これだけあれば一週間はもつほどの量だった。店のキッチンに入った時、裏のドアを開け事件現場を見たが、全く何事もなかったかのように血痕は洗い流されており、塵一つないほどきれいに片付けられていた。ディックは森田の話を思い返すための具体的なイメージが欲しかったのだが、現場には全く何も残っていなかった。
その後三日間、ディックは弁護士としての仕事に没頭した。久しぶりの裁判の準備だった。そして調べている内に、もう一度森田に会って確認しなければならない点がいくつか出て来た。
「明日の朝一番で面談に行こう。今日はこの位にしておくか…」
ディックは書類の束を机の上に置くとキッチンに行きグラスに氷を入れスコッチを注いだ。そして居間のソファーに座りラジオを聴きながらスコッチをチビチビと飲んだ。不思議なことにジミー・コサカが殺された件はニュースでも新聞でも全く報道されていなかった。もちろんその方が好都合なのだが、それにしても米軍や警察がこの件を隠す理由は何だろう。ジミー・コサカの正体が表に出ることがまずいのか、それともまだ自分の知らない何かがあるのか…ディックの頭の中はグルグルと色々な考えが回り続けた。
「ジリリリリリ〜ン!」
突然電話が鳴った。
「警察です」
杉田刑事の声だった。
「森田良蔵さんを釈放しますので立ち会いをお願いします。今夜八時までに来られますか?」
「え?釈放?どういうことです?」
「上からの指示です。とにかく身元引受人が必要です。今晩八時に間に合わなければ明日の朝八時以降に署までおいでください」
杉田刑事は手短に要件を述べるとさっさと電話を切ってしまった。
「なんだ、これは。一体どうなっているんだ」
八時と言えばあと二時間もない。
釈放はもちろん喜ぶべきことだが…何かがおかしい。ディックの直観が警報ベルを鳴らしていた。そして、自分が逆の立場だったらどうするかを考えてみた。
森田はジミー・コサカの正体が吉田栄吉であることを知っている。そしてその吉田栄作は上海で麻薬の密売、人身売買、さらに殺人まで犯した人間だ。そして、その時の仲間だった山路中佐も今はG2のスパイとして活動している。しかし、山路の現在の名前は?当然偽名を使っているはず…。そうだ!先日取り寄せた山王ホテルの長期滞在者の名簿を調べればわかるかも知れない。ディックは書斎に戻りファイルをチェックし始めた。
「あったぞ!」
そこには山王ホテル401、402、403号室に昨年12月から滞在している日系人らしき名前が3名並んでいた。ジミー・コサカ、チャールズ・マツモト、ケーシー・ヤマダ。
「このケーシー・ヤマダ、怪しいな。ケイイチ・ヤマジと似ている。ヘンリーに調べさせよう。GHQには顔写真の付いたファイルがあるはずだ」
ディックはヘンリーに電話し「ケーシー・ヤマダ」という人物について調べるように依頼した。それから本牧署に電話し、担当者に今から森田を引き取りに出向く旨を伝えた。
「え?森田良蔵?二十分ほど前に釈放しましたよ。弁護士の代理人の方が立ち会いましたので」
「何?代理人?誰だ、それは!」
ディックは声を荒げた。調べ物などしないで電話をもらった時、すぐに引き取りに行くべきだった。誰かが自分の代理人を名乗り森田を連れ去ったのだ。ディックの頭の中の警報装置が激しい音で鳴り響いていた。森田が危ない!
「今からそちらに行くから、杉田刑事に待っているように伝えてくれ!」

本牧署に着くと杉田刑事が玄関に立っていた。
「ミスター・ファーガソン、あれはあなたの代理人ではないんですか?」
「どんな奴だ!それは。署名を見せろ!」
杉田刑事が持って来た書類にはマイク・イシイというサインとディックの事務所の住所が書かれていた。そしてご丁寧にディックの名刺が張り付けてあり名刺には「マイク・イシイが代理で伺います」と記されていた。
「ガッデム!」
ディックは足を踏み鳴らして怒鳴った。
「森田に何かあったらお前たちの責任だぞ!」
ディックは杉田刑事を指差して怒鳴ると署内の電話を借りヘンリーを呼んだ。
「緊急事態だ!森田が何者かに連れ去られた」
ヘンリーとマケイン少尉が駆けつけて来ることになった。警備の警察官の話によると、そのマイク・イシイと名乗る日系人風の男は森田を連れて駐車場の黒い車…多分ビュイック…に乗り込むとどこかに走り去っていったそうだ。顔はよく見えなかったが運転手と後部座席にもう一人いたようだ。杉田刑事にも捜査を依頼したが「緊急性がない」「事件性がない」などと言い訳をしてなかなか動こうとしない。
一時間後、ヘンリーとマケイン少尉が署に到着した。
「よし、手分けして探そう」
ディックは本牧署からポートホールまでの範囲、ヘンリーとマケイン少尉はポートホールから米軍基地までの範囲と決め、二時間後にポートホール前に集合という事になった。
「じゃあ、くれぐれも気を付けて。何をするかわからない連中だからな」
ヘンリーが声をかけるとディックも応じた。
「迂闊に手を出すなよ。これ以上事件に巻き込まれたくないからな」
二台の車は警察署を出発した。



13、運命の輪


XOOPS Cube PROJECT