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4)「コンプトン・パケナム」1947年2月14日(金)

第二章

5、女親分

5、「女親分」1947年2月28日(金)

午前11時5分前。雪枝は新橋駅の改札口に立っていた。もうすぐ女親分がやって来る。
「女親分」とは新橋近辺を仕切る「竹田組二代目組長:竹田久子」のことだった。

ちょうど三日前、雪枝が仕事帰りにおねまの店「鹿鳴館」に寄った時、おねまに紹介されたのが竹田久子だった。
「久子姐さん、紹介します。私の妹分の雪枝です。よろしくお見知りおきを」
テーブル席で煙草を燻らせている「久子姐さん」と呼ばれたその女性は、年の頃は四十を少し超えたくらいだろうか、堅気にしか見えない雰囲気を漂わせていた。キュッと束ねた髪。化粧は薄めだがそれが逆に彼女の美しさを際立たせていた。服の趣味も地味なチャコールグレーのスーツに黒のローファー…まるで学校の教員か公務員のようだった。
「初めまして。上松雪枝です」
雪枝が丁寧に頭を下げると女親分は微笑を浮かべて言った。
「雪枝さん、堅苦しい挨拶はなしにしましょうよ。こんなヤクザものと一緒に飲むのがイヤでなければこちらに座ってくださいな」
「いえ…姐さん、とんでもない。ご一緒させてもらってよろしいですか?」
おねまが手際よく雪枝のスコッチ&ソーダを姐さんのテーブルに置いた。
「雪枝さん、『姐さん』じゃなくて久子と呼んでくださいな」
「あ…はい、じゃ久子さん。私のことはユキと呼んでください」
「じゃあ、ユキちゃん!素晴らしい出会いに乾杯!」
久子がグラスを掲げると、両隣に控えていたいかにもヤクザ風の男二人もグラスを掲げ乾杯に加わった。
「あ、紹介が遅れたけど、この二人、若頭のヤスと舎弟のタカ。よろしくね」
ヤスは短く刈り上げた髪に長いもみあげ。年の頃は三十代前半だろうか。整った顔をしているが頬に五センチほどの傷があった。一方タカと呼ばれた男は真っ黒に日焼けしており、頭は白髪交じりの短髪で苦み走った表情のまま黙って座っていた。
しかし、ヤクザと一緒に飲む日が来ようとは…母が知ったら何というだろう。雪枝は母を驚かせてやりたい気がして思わず笑いがこみ上げてきた。
「どうしたの?ユキちゃん、ひとりでニヤニヤして」
久子が尋ねると雪枝はあわてて言いつくろった。
「私、自分が女親分になったところを想像していたの」
「あははは…そうなの?でもね、ユキちゃん、この稼業、ホントに大変よ。だっていつ死ぬかわからないのよ。私だってこうやって若いもんが身体張って守ってくれているけど、ウチの旦那なんか身内にやられちまって…」
久子親分の表情が一瞬暗くなったのを見て雪枝は「まずいことを言った」と思い話題を変えた。
「久子さん、実はお願いがあるの。私、一度でいいから闇市に行ってみたいの。でも一人じゃ怖くて。だから、今度久子さんに付いて行っていいかしら?」
「あれあれ、お嬢さんが闇市探検?まあ、確かに若い娘が一人で行くのはやめておいた方がいいわね。ヤス、今度のバシン周りはいつ?」
「へえ、金曜日です」
ヤスが答えた。
「ええ?バシンて何ですか?ヤスさん」
雪枝は意味の分からない言葉が出たのでヤスに尋ねた。
「バシンてぇのは新橋ですよ、お嬢さん。ノガミは上野、ラクチョーは有楽町、ザギンは銀座…」
「わあ、面白い!じゃあ新宿は?」
「ジュクですよ」
「へえ!初めて聞いたわ。面白い!」
雪枝が喜んでいるのを見て久子親分が首を振りながら言った。
「ユキちゃん、あなたみたいなお嬢さんは絶対に使わない方がいいわよ。とても下品に聞こえるから」
「は〜い、親分…じゃなかった…久子さん」
「あははは、あなた、面白いわね。気に入った!いいわよ、一緒にバシン周り行きましょう」
というわけで、三日後の今日、新橋駅で待ち合わせたのだった。
久子は三人の男を引き連れて現れた。先日一緒だったヤスとタカ、そしてもう一人若くてひょろりと背の高い男。
「お待たせ、ユキちゃん」
久子は黒いコートに紫のスカーフ。地味だが品の良い趣味だった。この服の下には鮮やかな刺青の入った身体があるのだろうか。
「さあ、行きましょうか。ユキちゃん、あなたは私の後ろを歩いてね。こいつはジロウ。若いけど腕っぷしは凄いのよ」
ジロウと呼ばれた背の高い男はニッコリと笑い「よろしく」と言った。
「コラ!ジロウ!にやけてんじゃねぇぞ。このお嬢さんはなあ、お前なんかとは身分が違うんだから」
ヤスがジロウの背中をドスンと叩いた。
「あはは…誰かジロウに女をあてがってやんなよ。こいつ盛ってやがる」
久子が笑いながら言った。
(ああ、楽しい。この人たちといると何だかウキウキする)
雪枝は冒険の始まりを感じていた。


6、「新生マーケット」


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