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5、女親分

第二章

6、「新生マーケット」

 6、「新生マーケット」1947年2月28日(金)

五人は駅の改札から西口の方に向かった。
「ユキちゃん、みんなここをヤミ市ヤミ市呼ぶけど、ちゃんとした名前があるのよ」
「え?名前?何ていうんですか?」
「新生マーケット!ウチの旦那が名付けたのよ。一千万ほど注ぎ込んでね。できる前に死んじまったけどね…あの人の夢はここにデパートを作ることだったのよ」
久子は悔しそうに唇を噛んだ。
(そうか…そうだったんだ。悲しいでしょうね、きっと)
雪枝は何も言えなかった。
「ヤミ市」の入り口には大きな看板が掲げてあった。
一番上にまず英語が書いてあった。
[The Tokyo City The Shimbashi Outside Free Market Takeda-Gumi Atago P.S.]
[消費者ノ最モ買イ良イ民主的自由市場 関東竹田組]
「なるほど…Outside Free Marketか…うまいわね」
雪枝は頷きながらマーケットに足を踏み入れた。すごい雑踏だ。少々異臭は漂っていたが想像していたほど臭くはなかった。
「姐さん、あの辺りがこの前焼けたとこです」
ヤスが指差した辺りには焼け焦げた柱とトタン板が見えた。まだキナ臭い空気がほのかに漂っている。
「やっぱりあいつらの仕業かい?」
久子が眉間に皺を寄せて尋ねた。
「へえ、間違いねぇでしょう。まだそのへんウロチョロしてますからねぇ」
三人の男たちは油断なく辺りに目を配り久子を守っている。
屋台には南京豆やスルメ、ふかしイモ、おでんのようなものが並び、匂いだけ嗅ぐぶんにはおいしそうだった。
酒を出している店もあった。白く濁った液体の入った一升瓶が並んでおり、数人の男たちが茶碗でその液体を飲んでいた。
「あら、お酒…もあるんですね?」
雪枝が驚いたような声をあげると、久子は首を横に振りながら言った。
「ダメダメ!あれはカストリと言ってね、飲むとひっくり返るよ。バクダン飲んで目が見えなくなった人もいるよ」
(バクダン?恐ろしい名前…)雪枝は思わず首をすくめた。
ヤスは大きな声で屋台の主に声をかけている。
「どうだ、うまくやってっか?」
「はい、ヤスさん、おかげさまで」
みんな愛想笑いを浮かべペコペコしている。久子はチラリと彼らに目をやり黙々と歩いているだけだが、親分の威厳が全身から漂っていた。
(ああ、すごい…久子さん。やっぱりただの人じゃないわ)雪枝は改めて感心した。
前方に黒山の人だかりができている店があった。
「あら、すごい人。何のお店?」
雪枝が覗き込もうとするとヤスが止めた。
「ありゃあ名物の『ごってりシチュー』ですよ。まあ、要するにアメリカさんの残飯を煮込んだもんですけどね。お嬢さんのお口には合わないでしょう。たまに煙草の吸殻なんかも入ってるしねぇ」
「え?シチューに吸殻?大丈夫なの、そんなもの食べて」
「まあ、栄養だけはありますよ。肉の切れっぱしやコンビーフなんかも入ってるし、意外と食えますけどね、こいつなんかこの前食った時ゴムが入ってたってな!おい、ジロー!そうだろ?」
「え?ゴムって?あの…」
雪枝が驚いて目を丸くするとジローは待ってましたとばかりに口を開いた。
「いやぁ進駐軍のゴムはデカいの何のって、最初はスルメかと思いましたよ」
「コラ!ジロー、お嬢さんに下品な話するんじゃないよ。黙って前見てな!」
久子が叱ったのでジローは肩をすくめ黙って引き下がった。
その時だった。雪枝の真横から久子の背中目がけて男が飛び出してきた。
雪枝はとっさに叫んだ。
「危ない!久子さん!」
「我要杀了你!!!(ぶっ殺してやる)」
黒い鳥打帽を被った小柄な男だった。手にはキラリと光る物が見えた。久子がサッと身をかわすと同時に、いつの間にかタカが現れその男に足払いをかけたので男は勢い余って前のめりに倒れた。
すかさずヤスがその男の手を踏みつけて光る物をもぎ取った。刃渡り二十センチほどの包丁だった。
「この野郎!どこのモンだ!」
タカが脇腹を蹴り込みヤスが頭を踏みつける。
久子は身じろぎもせず腕を組みそれを見ていた。雪枝は身がすくんで動けない。
「この野郎、吐け!」
ジローが腕を捻りあげて男を地面に押さえつけた。
「口を割らせな」
久子が静かな声で言った。
するとその男は甲高い声でしゃべり始めた。
「オマエ、おれのオトト、コロした。ワタシ、許さない!」
(あら?この人、シナ人かしら?)
「何だって?でめぇの弟?先に手ぇ出したのはおめぇらだろうが!自業自得だよ!」
ヤスが怒鳴りつけると、その男はヤスを睨み返して言った。
「ニホンジン、戦争負けた。おとなしくするヨロシ」
すると今まで黙って見ていた久子がドスの利いた声で言った。
「こら、ポコペン!良く聞きな。あたしたちはねぇ、あんたらに負けたんじゃないんだよ。アメリカさんにやられたんだよ。勘違いすんな!」
いつの間にか周囲には人だかりがしていた。
「おい、ケンカらしいぞ」
「相手はシナ人か?」
騒ぎを聞きつけた人が次々と集まって来る。
ヤスは久子に尋ねた。
「どうします?こいつ」
「放してやんな。ここで騒ぎを起こすのはまずい」
タカが捻りあげていた腕を放すと男は帽子を拾いよろよろと立ち上がった。そして久子を指差すと「オボエテロ!」と捨て台詞を残し雑踏に消えて行った。
「ユキちゃん、大丈夫?びっくりしたでしょう?」
「え…ええ。ちょっと…」
雪枝はまだショックから立ち直れず声がかすれていた。
「ユキちゃん、あなたが『あぶない』って言ってくれたから助かったわ。ありがとう」
久子が雪枝の手を取って礼を言った。
「いやぁ、大したもんですよ、雪枝さん。素人だったら普通きゃあきゃあ言うもんだけど、とっさに姐さんに危険を知らせたんだからねぇ」
ヤスも感心したように頷いた。
「いいえ…そんな」
雪枝は困って顔を伏せたが、とっさの割には我ながら冷静に判断できたと感じていた。すると久子が雪枝の肩に手をやってうれしそうに言った。
「ユキちゃん、そろそろお昼ね。今日は私の奢りでお寿司なんか、いかが?」
「ええ?お寿司?そんなものがあるんですか?」
雪枝が驚くのも当然だった。コメ自体が極端に不足している上に魚などもせいぜい干物が細々と出回っているだけの状況なのだ。
「あるとこにはあるのよ。このタカは元々漁師だからね、色々とコネがあるのよ」
久子はタカの方を見ながら言った。
(そうか…漁師か。それでタカは日焼けしているのね。それにしてもお寿司、何年ぶりだろう。ああ、両親にも食べさせたいけど…ヤクザと一緒なんで飛んでもないわよね)
「はい、久子さん、お言葉に甘えてご馳走になります」
「じゃあ、行きましょうか」
五人はヤミ市を抜けて線路沿いに有楽町の方に向かって行った。


7、「アンチョビ・ピザ」


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