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6、「新生マーケット」

第二章

7、「アンチョビ・ピザ」

 7、「アンチョビ・ピザ」1947年3月10日(月)

午前9時、ここは皇居の向かい側にある第一生命ビル六階、GHQ民政局長ホイットニー准将の執務室。4人の男達がテーブルを囲んでいた。局長のホイットニー准将、次長のケーディス大佐、民間諜報局(CIS)のマコーミック中佐、そして、先週末休暇を終えアメリカから戻ったばかりのヘンリー・デュボア少佐だった。
「それではデュボア少佐、始めてくれ」
ケーディス大佐が指名するとデュボア少佐は休暇中に得た様々な情報について報告し始めた。
「やはり例のニューズウィークの記事については色々なところで聞かれました。もちろん私は『噂に過ぎない』と否定しましたが、それでも『何かあるのでは?』としつこく尋ねる者もいましたね」
デュボア少佐の触れた「例のニューズウィークの記事」とは特派員のパケナムがその年の一月に書いた「公職追放の裏で…占領軍内部の暗闘」という記事のことで、アメリカ国内でも大きな反響を巻き起こしていたのだ。
「本当にひどい記事を書いたものだ。あの男を何とかできないものだろうか?」
ケーディス大佐は眉間に皺を寄せ、苛立ったように鉛筆で机をコツコツと叩いた。
「うむ…あのパケナムという男はG2(参謀第二部)と密接な繋がりがあるんだ。つまり、あの記事もウィロビーの暗黙の了解があって書かれたものに違いない…となると、下手に手出しは出来ないな…」
ウィロビーはこの民政局(GS)と対立関係にある参謀第二部(G2)のトップに君臨しており、狂信的とも言える反共主義者で有名だった。パケナムが書いた記事も基本的な論調は民政局が主導した公職追放に対する批判であり、このような施策が日本の資本主義の復興を遅らせるばかりか、日本が共産化する危険性を孕んでいるとも指摘しているのだ。これは、裏を返せばウィロビーがニューズウィークというマスコミを使って民政局(GS)を正面から批判したも同然だった。「GHQ内部の暗闘」という記事のタイトルはまんざら的外れでもなかったと言える。
「しかし、この記事についてはマッカーサー閣下もかなり不快感を示しておいでですから、我々が閣下の同意さえ取り付ければパケナムを国外追放することも可能ではないかと思いますが」
マコーミック中佐が述べるとケーディス大佐も頷きながら付け加えた。
「中佐、確かにそれは可能かも知れない…が、一番手っ取り早いのはあの男の弱点をつかみ、失脚させることだ。女性関係でも何でもいい。中佐、何とかあの男のスキャンダルを掴んでくれないか」
「はい、もうすでに動き始めていますが今後は一層強化します」
「よし、パケナムの件は中佐に任せよう。それではデュボア少佐、報告を続けてくれ」
ホイットニー局長はコーヒーを啜りながら少佐の方に向き直った。
「はい、私は二月中旬に訪れたサンフランシスコのホテルでニューヨークポスト紙の東京特派員だった人物に会いました。彼の方から連絡してきたのです」
「ほお…で、その人物の名前は?」
マコーミック中佐が尋ねた。
「はい、デビッド・ボーマンと言う名前です」
「ああ、あのボーマンか」
マコーミック中佐とケーディス大佐は同時に頷いた。そして少し薄ら笑いを浮かべ顔を見合わせた。
「あの…ボーマン氏が何か?」
デュボア少佐は彼らの薄ら笑いの意味がわからず問い返した。
「いや、大したことじゃないんだがね、ボーマンは同性愛者で、昨年、ある日本人男性と問題を起こしたんだよ。まあプライベートな事だけどね、ちょっと我々の耳にも入って来たんだ。しかし、彼のジャーナリストとしての熱意はなかなかのものだよ。日本に滞在中はこの国のいわゆる裏社会…つまりヤクザについてかなり調べていたからね。私も彼に参考意見を聞いたことがある」
ケーディス大佐は天井を見ながら記憶を手繰るように語った。
「はい、ボーマンはその時も私に『日本の裏社会は日本全体の縮図である』と熱っぽく語っていました。つまり、親分に対する子分の『絶対服従』の伝統は日本の家族制度の中にも『父親』に対する絶対服従の精神として見られると言うのです。そしてこのシステムは国の父である『天皇』に対する絶対服従につながっていると」
デュボア少佐の言葉に一同は頷いた。
「そして、ボーマンは『このシステムを根底から破壊しなければ日本の軍国主義は根絶できない』と言い切ったのです」
「確かに彼の言う事は一理ある…が、これはシステムというよりも長い歴史に基づく文化の問題ではないかね?私はそう思うのだが。そして、このような絶対服従の文化は世界各地に見られるもので日本だけに特有なものではない。東アジアだけではない、イスラム諸国やユダヤ、ヨーロッパ各地にもある。そして、もう一点、これはマッカーサー元帥の見解だが『天皇というのは結局はシンボルに過ぎなかったのではないか』という事だ。つまり、ヒトラーやムッソリーニのような政治的独裁者ではなく、軍部に祭り上げられたシンボル的存在に過ぎないと言う見方だ。もちろん天皇自身に全く責任がなかったとは言えないが、少なくとも彼が率先して侵略戦争を指揮したとは考えにくい。」
ホイットニー局長はマッカーサー元帥の意志を代弁するように語った。
するとケーディス大佐が鉛筆を掲げて云った。
「今の局長の見解にひとつ付け加えておくと、我々は日本の文化を徹底的に破壊するのは得策ではないと思っている。日本人の特性、つまり目上の者には従う…という特性を利用すれば改革はよりスムーズに進むだろう。二年前、天皇が『終戦』を宣言した時のことを憶えているだろう?彼のひと声で日本軍は武器を捨てたのだ。こんなことはヨーロッパやアメリカでは絶対にありえないだろう。これは昨年帰国したフェラーズ准将のリポートにも詳しく述べられている」
「天皇に関しては同意いたしますが、では大佐、我々はヤクザの組織も温存するという事ですか?彼らは犯罪組織ですよ。殺人でも売春でもヤクの取引でも何でもやる。それを放置するのですか?」
デュボア少佐は不満そうな口ぶりでケーディス大佐に尋ねた。
「いや、少佐、犯罪に対しては別だ。手加減はしない。しかし、いきなり組織をつぶすことは犯罪者を拡散することになり逆に取り締まりも難しくなるだろう。組織をある程度残しておけば我々は親分たちに睨みを利かせるだけで良いという事になる。我々も手が足りないし日本の警察もまだ力不足だ。今は既存の組織の力をできるだけ利用するのが得策だろう」
ケーディス大佐が述べるとマコーミック中佐も頷きながら付け加えた。
「ダイヤモンドをカットするのにはダイヤモンドが一番だと言うからな」
一同は頷き次の議題に移って行った。
会議はその日の夕方まで続く予定だった。

「会議、大変だったわね」
雪枝はピザを一切れつまむとヘンリーに話しかけた。
「ああ、何しろ問題が山積みの上に人数が限られているからなぁ。おまけにG2の奴らの妨害も酷くなって来ている」
二人は久しぶりに本牧のディックの店「I.K」を訪れていた。二ヶ月あまり日本を離れ故郷に帰っていたヘンリーだったが、ここに戻って来ると何処よりもホッとできるのが不思議だった。おそらく雪枝を通して知る日本の文化が次第に好きになって来ているのかもしれなかった。おまけに食べ物の好みも少しずつ変わり始めていた。以前は「しょっぱくて生臭い」と毛嫌いしていたアンチョビのピザが今では好物になっていたのだ。「ピザのトッピングはサラミ」と子供の頃から決まっていたのだが、雪枝がいつもオーダーする「アンチョビ・ピザ」をつまんでいるうちに次第に好きになって行ったのだ。ピザだけではない。和食も、以前は生臭いと敬遠していた鰹出汁の味噌汁や鯵の干物、そして刺身も食べられるようになった。もっとも納豆だけは未だに無理だが。
その時、仕事が一段落したのか、オーナーのディックが二人のテーブルに近づいて来て話しかけた。
「どうだった?ヘンリー、久しぶりの里帰りは」
「ああ、アメリカにいると世界のことを忘れてしまいそうになるよ。みんな自分たちの周りのことにしか興味がないからな。『戦争が終わったのになぜいつまでも日本にいるんだい?』と何度も聞かれたよ」
ヘンリーが答えるとディックも頷きながら続けた。
「そうなんだよ。一般のアメリカ市民から見れば『戦争に勝った=以上終わり』というわけだ。しかし、戦争はボクシングじゃない。ノックアウトした相手が立ち上がるのを助けて自分の足で歩くところまで世話してやらなければならないんだ。そうしないと、またいつか戦うことになる。これはドイツでも日本でも同じだ」
するとそれまで黙って聞いていた雪枝がこう言った。
「私が日本に帰って来て一番驚いたのは、男はみんな頭を坊主刈りにしていて、女性もパーマ禁止とか…何だかみんな殺気立っていて、まるで別の国みたいだったわ。でも日本の人たちは政府に騙されていたんだから仕方がないわね。アメリカなんか大したことないとか。戦争になってからも、新聞やラジオで『勝った勝った』って嘘ばかり。私は最初から日本がアメリカに勝てるなんて思っていなかったわ。そもそも人間がキングコングに勝てるわけないもの」
「ユキ!俺たちはキングコングなのかい?」
ディックが「ゴッホゴッホ」と声を出しながらゴリラのように胸板を手でボンボンと叩いたので、他のテーブルの客まで大笑い。楽しい横浜の夜は更けていった。


8、「山王ホテル401号室」


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