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7、「アンチョビ・ピザ」

第二章

8、「山王ホテル401号室」

 8、「山王ホテル401号室」1947年3月12日(水)

午後3時、溜池にある山王ホテルの401号室に6人の男たちが集まっていた。GHQ参謀第二部(G2)のウィロビー少将、キャノン少佐、ニューズ・ウィーク誌の外交問題編集局長ハリー・カーン、ニューズ・ウィーク東京支局長のコンプトン・パケナム、そしてケーシー・ヤマダこと山路慶一元日本陸軍中佐と通訳のマイク・イシイという日系人。
部屋の中は煙草の煙と重苦しい空気に包まれていた。
「すると、マッカーサー閣下は我々のしたことをまだお許しになっていないということなんですね」
沈黙を破ったのはカーンだった。「我々のしたこと」とは二カ月ほど前に発行されたニューズ・ウィーク誌の記事「公職追放の裏で…占領軍内部の暗闘」のことだった。マッカーサーはこの記事を読み終わるなり、激怒してその雑誌を床に叩きつけたと伝えられている。そしてウィロビー少将は先週も部屋に呼ばれた時に責任を追及されたと言うのだ。
ウィロビーはカーンとパケナムの方をじっと見ながら語った。
「いや、共産主義の脅威についての認識は閣下と我々も共通している。この点に関しては問題ない。しかし、GHQ内部に派閥抗争が存在しているかのような表現は許されないということなんだ。ハリーもパックもその点は今後も注意してくれ。もちろん君たちの真意は私も充分理解しているつもりだ」
ハリー・カーンとパケナムは渋々頷いた。それを見届けるとウィロビーは一枚のメモを手にした。
「よろしい。ところで、閣下からはもうひとつ追及された件がある。昨年4月の『暗殺未遂計画』の最終報告はどうなっているかと言うことだ。キャノン少佐、昨年末の報告以後、何か新たな事実は発見されたかね?」
キャノン少佐は少し考える素振りを見せるとウィロビーに向かって重い口を開いた。
「将軍もご承知でしょうが、これは完全に我々の工作の失敗です。カナツはもう始末しましたし、タカヤマという人物はそもそも最初から存在していないのです。もちろん、閣下が最終報告書を求めているなら作成いたしますが、これは『でっち上げ』になります。それでもよろしいと?」
それを聞くとウィロビーはキャノンを睨みつけた。額に青筋が走っている。ウィロビーが怒った時の特徴だった。
「キャノン少佐、今の君の戯言は聞かなかったことにする。とにかく来週中に最終報告書を私のところに持ってきたまえ!以上だ」
「暗殺未遂計画」とは1946年5月1日に日本の新聞各紙に掲載された「マッカーサー暗殺未遂犯捜査中」という記事のことだった。この記事にはいくつか奇妙な点があった。まずひとつは主犯とされる「トカヤマヒデオ」が共産主義者であると断定している点だった。まだ捕まってもいない人物が「共産主義者かどうか」など、どうやって判断できるのだろう。そしてもうひとつ、この暗殺計画が発覚するきっかけになった共犯者「カナツコーイチ」についても謎が多かった。この「カナツ」と名乗る人物が4月25日にCIC(アメリカ陸軍対敵諜報部隊)に暗殺計画をタレ込んだことが発表されたのだが、彼の顔写真もなく、そもそもどのような素性の人間かもわからなかった。本人は「トカヤマ」について朝鮮の憲兵学校時代の同級生だったと説明していたようだが、人物の特定は難しかった。そもそも「トカヤマ」は何らかの聞き間違いでおそらく「タカヤマ=高山」だという事はすぐにわかった。確かに朝鮮の憲兵学校の名簿には「金津幸一」の同級に「高山秀夫」という人物が存在しているが、存命かどうかもわからないのだ。ウィロビーはとにかく報告書を出すことで自分の部下の失敗を隠ぺいし終わらせてしまいたかったのだろう。
「では、本題に移ろうか」
ウィロビーは一同を見回して言った。
「諸君も知っての通り、現在日本の左傾化が急速に進んでいる。労働組合に対する監視はもちろん重要だが、最も憂慮すべきは政界である。この国に民主的な選挙制度を持ち込んだのは我々だが、社会主義政党や共産党がこれほどの力を持つことになろうとは想像していなかった。来月には参議院、続いて衆議院の選挙が行われる予定だ。アカの連中がさらに力を増す可能性は高い。よって、この国の政界にも我々と価値観を共有するエージェントを持つことは急務であると考える。条件を満たす人物であれば私はその過去には触れない。たとえ戦犯であってもかまわない」
すると、ハリー・カーンがすかさず質問した。
「将軍、するともうすでにそのエージェント候補者のリストアップは済んでいると言うことですね。」
「うむ。リストアップに関しては現在作業中だ。ここにいるキャノン少佐とケーシー山田君を中心に進めてもらっている。」
ウィロビーはこの話をここまでで終わらせようとした。
するとパケナムがいきなり質問を浴びせた。
「将軍、A級戦犯容疑者の中にも候補者はいるはずですよね。たとえばKishiとかSasagawaとかKodamaとか」
ハリー・カーンはあわててパケナムを小突いた。
「こら、パック、将軍はまだリストの作成中だとおっしゃっているんだ。将軍、失礼しました」
ウィロビーは不愉快そうに二人を睨むとこう言った。
「君たちジャーナリストをここに呼んでいるのは、ここで話したことを迂闊に記事にしないで欲しいからだ。我々のやっていることを興味本位で考えられては困るんだよ。先日の記事だって、私が話したことよりもかなりセンセーショナルな内容になっているじゃないか。必要なことはこちらから伝える。それ以上のことは勝手に嗅ぎ回らないでくれたまえ」
ウィロビーの額の青筋がいっそう太さを増し今にも切れそうに見えた。
「すみません。将軍。情報をお待ちしています」
ハリーとパックは身を縮めて謝罪した。
「それでは、もうひとつ伝えておくことがある。これはまだ日本の警察が内偵している状態なのでどうなるかわからないが、日本のある会社とGS(民政局)の連中の間の賄賂の噂がある。日本の政治家や官僚も絡んでいる可能性もあるようだ。ここで決定的な証拠が出ればGSの連中に大きなダメージを与えることができるかも知れない。これは女性問題やくだらんスキャンダルなどよりずっと強力だ。この件に関しては君たち、ハリーとパックにも動いてもらいたい。何か情報があったらキャノン少佐に全て伝えてくれ。くれぐれも言っておくが絶対にスッパ抜きはダメだぞ」
ハリーとパックは神妙な面持ちで頷いた。
「では、諸君、その他に報告すべきことがあれば各自挙手してから発言してくれ」
ウィロビーは厳しい表情で一同を見回した。

午後7時過ぎ、ハリーとパックの姿が新橋のバー「鹿鳴館」にあった。二人は奥のテーブル席に向き合って座り何やら低い声で話している。
「パック、君がさっき会議中に出した名前…えーとKishiだっけ?その男について他に情報はないのか?」
ハリーはグラスの中の氷をカラカラと鳴らしなからスコッチを啜った。
「ハリー、KishiはA級戦犯容疑者の中でも際立った人物ですよ。満州国を立ち上げ、経営の実権を握っていたのは彼ですし、裏では阿片の取引や様々なビジネスを牛耳っていた男です。戦時中は日本の商工大臣を務めたのですが後に東条と対立し結局内閣を倒した。なかなかのヤリ手ですよ」
パックはスラスラとKishiについて述べた。もうかなり裏をとっているようだ。
「すると、Kishiは『軍国主義者』と言うよりもどちらかと言うと『ヤリ手のビジネスマン』ということかね?」
ハリーはKishiについてさらに聞きたがった。
「そうですね。イデオロギーよりもビジネス重視の現実主義者というところでしょうか。とにかく資金調達にかけてはかなりの腕利きであることは間違いない」
パックはひとしきり喋るとソファーに身をもたせ、グビっとスコッチを喉に流し込んだ。
「ということは、条件次第ではいくらでも我々のために働いてくれるということだな」
ハリーは煙草に火を点けると煙を目で追いながら独り言のように頷いた。
するとパックは急に思い出したかのように膝を叩いた。
「そうそう!Kishiはこんな言葉を残していますよ。『政治資金は濾過機を通ったきれいなものを受け取らなければいけない。問題が起こったときは、その濾過機が事件となるのであって、受け取った政治家はきれいな水を飲んでいるのだから関わり合いにならない。政治資金で汚職問題を起こすのは濾過が不十分だからだ』とね」
「おお、それはいかにも老獪な政治家らしい言葉だな。やはり只者ではないようだ。パック、これは面白いぞ。もっと調べておいてくれ。いずれ何かの役に立つだろうから」
ハリーは満足そうにグラスを口に運んだ。彼の頭の中にはひとつのアイディアが固まりつつあった。それは、この日本という国を意のままに操る組織を作ることだった。その中核となるのは戦前から存在していたジャパンロビーであり、その中心には10年間駐日大使を務めたジョセフ・グルーをイメージしていた。
「そうだ!ニューヨークに帰ったらすぐにグルーに会おう。日本がまだ混乱している内に先手を打つのだ」
ハリーは思わず「パン!」と膝を叩いてしまったのでパックは不思議そうにハリーの顔を見つめた。
「いや、パック、何でもない…何でもないんだ」
そう、今はまだ密かに動かねば。たとえ味方であろうとアイディアを漏らしてはならない時期だった。


9、「恋文横丁」


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