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9、「恋文横丁

第二章

10、「ジェームス商会」

10、「ジェームス商会」1947年3月27日(木)

その朝、青いフォードが渋谷の駅前に現れたのは午前8時40分頃だった。フォードはそのままゆっくりとしたスピードで駅前を通り過ぎ、道玄坂を100mほど上った辺りに駐車した。ドアが開き中から現れたのは5人の男達だった。ヘンリー、そしてマケイン少尉とその部下のGS職員3名。午前9時、ジェームス商会が開くのを待って彼らは踏み込む予定だった。万が一のことを考えそれぞれ銃を携行していたが、全員私服の上、青いフォードも軍用車ではなくマケイン少尉の自家用車だった。ヘンリーはできるだけ騒ぎを起こしたくはなかったので、ジミー・コサカには任意同行を求めるつもりだった。
先日、雪枝からジミー・コサカが生きており、道玄坂の「恋文横丁」の代書屋「ジェームス商会」にいると聞いてから、ヘンリーは毎日部下を探りに行かせていた。その結果、ジミー・コサカは若い女性と一緒に原宿の小さな一軒家に住んでいるという事と、ジェームス商会が毎朝きっかり9時に開店するという事がわかった。どうやら一人で店を切り盛りしているらしく、従業員もおらず米軍関係者も彼の周囲には見当たらなかった。そこで、ヘンリーはできるだけ穏便に事情聴取することを考えた。ジミーを拉致したり家に踏み込んだりすると、G2の連中に漏れた時に話がややこしくなる可能性があるからだ。
店の前にはヘンリーとマケイン少尉、そして道玄坂方面に一名。路地の奥に一名、店の裏手に一名。もしも逃げられても大丈夫なように人員を配置し開店を待った。9時2分過ぎ、ジミーが箒と塵取りを持って店内から店の前に出て来た。間髪を入れずマケイン少尉が話しかけた。
「こんにちは。ジミー・コサカさん、ちょっとお話をしたいのですが、かまいませんか?」
ジミーは箒を手に持ったままマケイン少尉とヘンリーを交互に見た。
「はい、では中にどうぞ」
ジミーはあっけないほど素直に二人を店の中に案内した。
「コーヒーはいかがですか?」
ジミーは落ち着いた様子で二人に椅子を勧めるとコーヒーを淹れるために店の奥に行こうとした。しかし、奥に入られるのはできれば避けたかった。銃などを隠している可能性があるからだ。
ヘンリーは丁寧にコーヒーを断り、ジミーに座るように促すと本題に入った。
「ミスター・コサカ、我々が誰だかお分かりですね?あなたには色々と伺いたいことがあるんです。昼前には終わります。お店を空けられますか?」
ジミーはしばらく下を向いて指で机の隅をトントンと叩いていたが、やがて顔を上げると薄ら笑いを浮かべて言った。
「実は皆さんが来るのを待っていたんですよ。ちょっと予想より遅かったですけどね。大丈夫です。店は昼からにしますから」
ジミーは店のドアに「本日、都合により12時より開店」と張り紙をすると、ジャケットを取りたいと言い店の奥のロッカーを開けようとした。
「マケイン少尉、一緒に行ってくれ」
ヘンリーはジミーが一人で店の奥に入らないようにマケイン少尉に言った。
「デュボア少佐、大丈夫ですよ。私は妙なまねなんかしませんから」
ジミーは終始薄ら笑いを浮かべていた。
「で、どちらまで?近くですか?」
ジミーはジャケットを着ながらちょっと不安そうに尋ねた。
「すぐ近くだよ。ミスター・コサカ」

青いフォードは渋谷から青山通りに抜けしばらく行くと外苑前から青山墓地沿いに走った。
「もうすぐだ。ミスター・コサカ」
ヘンリーがジミーに話しかけるとジミーは窓の外を見ながら言った。
「ここは星条旗新聞のオフィスですね?何度か来たことがあります」

会議室にはジミー・コサカ、そして向かい側にヘンリーとマケイン少尉が座っていた。
コーヒーカップからは湯気が立ち上っている。ヘンリーはコーヒーを啜ると話し始めた。
「では、ミスター・コサカ、まず最初に、君がなぜ生きているのかを聞かせてもらおうか?」
「なぜ生きているのか?ふふふ…私は昔上海にいた頃、中国人の占い師に手相を見てもらってね、『あなたは二度死ぬ』と言われたんですよ。おっと、これでは答えになっていないか。ではお話しましょう。あの日、ポートホールのキッチンで起こったことを」
ジミーは手を組みひとつひとつ思い浮かべるように話し始めた。
「コックの森田に腹を刺されたのはハッキリ憶えているよ。あの痛みは忘れられやしない。で、逃げようとしたら今度は背中を刺されたんだ。そのまま倒れてだんだん気が遠くなって、気が付いた時は病院のベッドの上だよ」
「じゃあ、誰かが助けてくれたんだな?誰なんだ?それは」
ヘンリーは身を乗り出して尋ねた。
「ああ、後から聞いたんだが、山路…いやケーシー・ヤマダが見つけてすぐに救急車を呼んでくれたんだ。彼とはその日ポートホールの前で待ち合わせていたんだが、彼が来るのが遅れたもんで俺一人で店に入ったんだ」
「なるほど。すると君はその後ずっと基地の中の病院にいたわけだね」
「ああ、三か月いたよ。退院したのは2月の末さ。それから二週間後に渋谷で働き始めたんだ。つい10日ほど前さ。前のオーナーから店を譲ってもらってね」
ジミーはポケットから煙草を出すと口にくわえた。
「かまいませんよね?煙草」
「ああ、灰皿はここだ」
ヘンリーが灰皿を用意するとジミーは煙草に火を点け上を向いて「ふーっ」と煙を吐き出した。
「しかし、随分と手際がいいね。退院したらすぐに店が持てるとは」
マケイン少尉が尋ねるとジミーは苦笑いして言った。
「まあ、退職金代わりに少々まとまった金が手に入ったんでこれをキッカケに堅気になろうと思ったんですよ」
「何、退職金?するともうGHQとは縁が切れたのか?」
ヘンリーは驚いた声を上げた。
「まあ、色々な事情があるんですよ。俺も今は独り身じゃないしね」
ジミーはニヤニヤと笑いながらコーヒーを啜った。
「ああ、君が原宿で女性と暮らしているのは知っている。彼女は何者だね?」
ヘンリーが尋ねるとジミーはちょっと睨んで言った。
「少佐殿、私にもプライバシーがありますよ。彼女はGHQとは関係ない。看護婦です。入院中に知り合ったんだ」
「そうか。我々も彼女のことは関知しないから安心してくれ。それより、君がもうGHQと関係ないのなら洗いざらい話してくれないか?我々の疑問に答えてくれさえすれば、もう後は君の自由だ。何も邪魔するつもりはない」
それから一時間余り、ヘンリーによる事情聴取でわかったのは以下のようなことだった。
●自分(ジミー・コサカ)はもうGHQとは関係ない。
●現在の名前は吉川秀夫である。
●GHQ時代に知ったことに関しては誓約書を書いたので、外部に漏らすつもりはない。
●自分を刺した森田を恨んでもいないし復讐する気もない。
●上松雪枝の父親にブラックメールを送ったのは自分だ。
●GHQ参謀第二部(G2)のために働いている日本人はたくさんいるがお互いをほとんど知らない。
聴取が終わるとヘンリーは部下にジミー・コサカを道玄坂まで送るように指示し、マケイン少尉と会議室に戻った。
「で、どう思う?ジミーは本当にG2から抜けたと思うか?」
ヘンリーが問いかけるとマケイン少尉はこう答えた。
「まだ信用できませんね。我々を安心させておいて何かを仕掛けて来るかも知れません」
「うむ、確かにまだ信用するのは早いな。マケイン少尉、引き続きジミーの監視を続けてくれ。それから彼と一緒にいる看護婦の女性についても調べてくれ」
「はい、了解しました。ではオフィスに戻ります」
マケイン少尉は敬礼すると部屋から出て行った。
「さてと…どうするかな」
ヘンリーは窓から外を眺めながら呟いた。眼下にはヘリポートが見え、その先に都会の真ん中とは思えないほど豊かな緑が広がり青山墓地へとつながっている。
ジミーから聴取した内容はあまり実のあるものではなかった。肝心なことになると「誓約書にサインしたから」と黙ってしまうのだ。今回はあくまでも任意の取り調べだから無理に口を割らせるわけにはいかない。ここは暫く監視を続けて何か決定的な証拠を掴むしかないだろう。ヘンリーは冷めたコーヒーをグッと飲み干すと会議室を後にした。
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11、「誕生会」


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